桃栗柿屋のリフォームブログ

6月27日 リフォームするなら桃栗柿屋

投稿日:2014.06.27

こんにちは!代表の野々村です。
本日も致知からお送りします。

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「団体銅メダルで流した涙の裏にあったもの」
葛西紀明(ソチ五輪個人ラージヒル銀メダリスト)
※『致知』2014年7月号
特集「自分の花を咲かせる」より

 

 
――最初に出場された個人ノーマルヒルでは8位で終わりましたが、
  どう気持ちを切り替えましたか。

 

長かった遠征の疲れなどいろいろ思い当たる原因はあって、
これじゃまずいなと。
 
そこでモーグル競技や、同じ土屋ホームから出場した
女子の伊藤有希の応援に行ったりしてリフレッシュして、
それを自分の力に変えられたんじゃないかと思います。

 

なんか、今シーズンはそういう方向に
勝手に体が動いたんですよね。

 

いつもなら大変だと思って、
たぶん応援に行っていないんですよ。
 
開会式も、いつも予選の前日なので、
風邪をひかないように毎回欠席していました。

 

しかし今回は主将でもありましたから、
できれば出たいといって参加しました。

 

そこで他競技の選手と交流し、
それがパワーとなったといいますか、
すべてがうまく噛み合って、
頭のストレスがなくなったんじゃないかと思うんですね。

 

――それで気持ちを切り替えられて、
  翌日のラージヒルで悲願の個人銀メダルを手にされました。
 
あと1・3ポイントで金メダルだったんですけどねぇ。

 

テレマーク姿勢が入らなかったとか、
いろいろな「たら・れば」があって、
その悔しさはありました。

 

あれが金メダルだったら号泣していたかもしれません。

 

ただ、これまで五輪でメダルを取ることが
いかに難しいかを痛感していますので、
メダルを手にできて純粋に嬉しかったです。

 

―― 一方で個人銀メダルでは流さなかった涙を、
  団体銅メダルの後に流されていたのが印象的でした。

 

あの時は、チームメンバーが
本当にいいジャンプをしてくれました。

 

みんなすごく仲がいいのですが、
一番に飛んだ清水礼留飛は冬に調子を崩して、
一時代表を外された時もありました。
 
彼が隠れて努力しているのを知っていましたから、
代表に選ばれて、その中でも団体メンバー4人に選ばれたという
彼の気持ちはよく分かったので……。

 

二番手の竹内択は遠征ではいつも同じ部屋なんですけど、
途中から病気になって(難病のチャーグ・ストラウス症候群)、
40℃近くの高熱に苦しみ、僕も看病したりしました。

 

せっかくずっと調子がよかったのに
病気のせいで五輪の出場も危ぶまれましたが、
頑張ってメンバーに選ばれた。
 
だから、絶対に竹内にメダルを取らせてあげたい
という思いが強かった。

 

また、五輪中は三番手の伊東大貴と同じ部屋でしたが、
彼も膝を痛めていて、ノーマルヒルの代表からは外れました。
 
ラージヒルに賭けて膝のケアをしている姿も
2週間ずっと見てきました。

 

そういうみんなの辛い姿を見てきたので、
それを思うだけで試合前も涙が出ました……。

 

僕がこれだけ泣けるということは
間違いなくメダルを取れるだろうと。
 
正直、ここまで皆さんに
感動を与えられるとは思わなかったんです。

 

いままで五輪やW杯などいろいろな試合に出てきましたが、
スポーツが感動を与えられるなんて思っていなかったんですよね。

 

――メディアなどではよくスポーツの試合の後に
  「感動をありがとう」と言っていますよね。

 

そうなんですが、本当に感動するのかなと。
銀メダルを取った時も僕は泣かなかったじゃないですか。

 

みんな応援してくれた人は「泣けた」というけど、
どこかで金メダルを取ったらもっとすごかったかなとか考えていて。

 

だけど銅メダルを団体で取った時、
僕も感動して泣いたし、素直な気持ちで
 
「ああ、スポーツを見て
 “感動をありがとう”ってこういうことなんだ」
 
と初めて分かりました。

 

結果は銅メダルでしたが、メダルの色は関係なく、
皆の思いがつまった一番嬉しいメダルです。

 

 

いかがでしたでしょうか?

感動を人生の中に持ちたいものです。目先にまどわされずに。

 

 

 

【あとがき】

この画像が動いて見えたら疲れているそうです。

いかがでしょうか?

2014-05-26 11.21.19

私は本日はかなりのスピードでまわっています(><)

 

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