桃栗柿屋のリフォームブログ

7月7日 東近江市でリフォームするなら桃栗柿屋!

投稿日:2013.07.07

こんにちは、代表の野々村です。

 

七夕ですね。

 

七夕は「たなばた」または「しちせき」と読みます。

日本のお祭り行事で、五節句のひとつでもあります。

みんなの願いが叶いますように…。

 

 

今回も致知からお伝えします。

 

 「草むしりを天職に生きる」

宮本成人(株式会社 草むしり社長)

 

 

私が群馬県高崎市に株式会社草むしりを立ち上げたのは
二〇〇九年、四十四歳の時でした。

 

 

当時、周りからは

「いまさら独立?」
「なんで草むしり?」
「そんなことで生計が成り立つのか?」

 

 

と反対されました。ノウハウも人脈もないゼロからのスタート。
それでも私が起業した理由はただ一つ。

 

 

何をしたらいいのか分からない、
本当にやりたい仕事が見つからない……。

 
そういう方々に草むしりという
一見なんでもないようなことでも
職業としてやっていけるということを伝えたい。
その一念でした。

 

 

かくいう私自身、これまでに八回も転職を繰り返し、
二十年以上悶々とした辛い時期を過ごしてきました。

 
大学卒業後、地元の大企業に就職したものの、
没個性に陥ってしまうことが耐えられず二年で退職。

 

 

その後、大学時代に日本拳法で全国一位になった経験から、
日本拳法協会海外指導普及員として二年間カナダに勤務。
帰国後は知人の紹介で、
長野オリンピックの招致の仕事にも携わりました。

 

 

そして二十六歳の時、
ケンタッキーフライドチキンのフランチャイズに入社。

 

 

そこで接客のいろはを一から叩き込まれ、
数年後には店舗のマネジメントを任されるようにまでなりました。

 

 

そんな私に転機が訪れたのは三十七歳の時。

 

ケンタッキーが一年間で最も忙しいのは
十二月二十三~二十五日のクリスマス期間。
その三日間の売り上げで、全国約一千ある店舗のうち、
私が店長を務める店舗が日本一を成し遂げたのです。

 

 

その後もいくつかの店舗で好成績を叩き出した私は
独立しようと思い立ち、翌年三月にケンタッキーを退職。

貯金をはたいてフランチャイズの加盟金を支払い、
店舗立ち上げに向けて勇んでいました。

 

 

ところが、です。

 

 

物件探しに不動産屋さんを回っても、
肩書も何もない無職のド素人に何ができるんだ、
と白い眼で見られ全然相手にしてもらえない。

 

 

周りからも「どうするんだ」と急き立てられ、
揚げ句の果てには自分には無理……と、
何もせずギブアップしてしまったのです。

 

 

売り上げ日本一になれたのは自分の力ではない。
ケンタッキーというブランドや周りの社員や
アルバイトさんが支えてくれたからに他ならない。

 

 

伸び切っていた天狗の鼻をへし折られた瞬間でした。
人と話すことも儘ならず、呼吸をするのがやっとの状態。

 
半年ほど引きこもり生活が続き、
ようやく働き始めたものの、またしても職を転々とする日々。

 

 

そんな時、友人から突然電話がかかってきました。

「宮本、ちょっとアルバイトしない?」。

 

 

それは植木屋さんでのアルバイトでした。
最初は全く乗り気ではなかったのですが、
親方の言われるがままに作業をしていると、
庭は綺麗になる、お客様からは喜んで感謝していただける、
自分は汗をかいて清々しい。

 

 

なんと素晴らしい仕事だろうか。
これこそ自分にとっての天職だ!
と感動が込み上げてきました。

 

 

「じゃあ、草むしりを仕事にしてみたら」。

 

 

友人のこの言葉に触発され、起業を決意。

 
八回もの転職を繰り返した果てにようやく掴んだ天職  。
しかし、見込みのない収入、増える負債、孤独な毎日……。
起業はまさに自分との闘いでした。

 

 

 

どうなったか気になりますね。

 致知に興味のある方はこちら http://www.chichi.co.jp/

伝えたいことは明確にありますが、くみ取って頂きたいと思います。

 

【あとがき】

芸術的な才能を持ち合わせている

事務・販促の新人、清水翔子さんに駐車場のブロックに社名を書いてもらいました。

ちょっとしたことをしてもらうにしても、才能って凄いもんですね。

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